◉生老病死の教え
お釈迦さまは悟りを開かれた後の最初の説法で「人生は苦である」と説かれました。
お釈迦さまはただ絶望的なことを言われたわけではありません。人の心に苦しみが生じる、その原因を説こうとされたのです。
それは、自分の思うようにいかないことを、思うようにしたいと思い込むと、それが叶わないことのギャップによって、心に苦しみが生じるという原理です。
直視するべき現実は「人生は自分の思うがままにはならない」ということであると、まず最初に説かれたのです。
四苦八苦の「四苦」とは「生老病死(しょうろうびょうし)」の4つをいいます。生まれること。老いること。病(やまい)になること。そして死ぬことの、4つの苦しみです。
まず、人間として生まれること、それ自体が苦しみであると説かれます。
自分の思い通りに生まれてきたわけでも、生きていられるわけでもありません。もっとこんなふうに生まれていたら、もっとこんなふうに生きられたらと、誰でも思うことがあるのではないでしょうか。
ゆりかごのように居心地のよかったお母さんの胎内からこの世に生まれてきて、赤ちゃんが「オギャー!」と泣いてしまうのは、お気楽でばかりはいられないこの世界にやってきた証拠なのかもしれません。
理想はあっても現実にはままならないことばかりで、他人のことがよく見えて、無いものねだりしてしまうようなところが、私にもあります。理想の自分とは違う、自分自身の現実に苦しめられるということは、どんな人にもあるのではないかと思います。
生まれたその時から、刻一刻と時間が経っていきます。時間が止まることはありませんし、逆戻りすることもありません。ある程度のところまでは成長していきますが、やがては年をとって、老いていきます。若いままでいたいと思っても、若かった頃に戻りたいと思っても、それが叶うことはありません。
年を重ねるにつれて、病が増えることも避けられません。体の病もあれば心の病もあって、それは人それぞれに、自分にしか分からない辛さをもたらします。
生まれてから死ぬまでの間が自分の人生であって、
その間には老いと病いがあって、
それを避けて生きることはできません。
そして究極的には、生まれたかぎりは、必ず死ぬのです。
いま生きている人の生存率は「100%」ですが、
今後の致死率もまた「100%」だと言わざるを得ません。
どんなに「死にたくない」と思っても、やがては死ぬでしょう。
ときには「もう死んでしまいたい」と思うことがあったとしても、
病気になれば病院に行ったり薬を飲んだりするのですから、
やっぱり死にたくないのでしょう。
それでも、いつかは死ななければいけないのですから、
やっぱり、思うようにはいかないということでしょう。