平成28年( 2016年 )11月3日( 文化の日 )
慶集寺 本堂にて 報恩講法要執行の後の 住職法話録です
本日は慶集寺の報恩講にお参りいただき、誠にありがとうございます。
この「 慶集寺(きょうしゅうじ)」というお寺が本願寺に免許されたのは、
享保3年(1718)だと伝えられているので、今年はおそらく慶集寺の歴史における
298回目の報恩講( ほうおんこう・親鸞聖人のご命日の法要 )になります。
そして、この慶集寺本堂の内陣の中央に安置されている木仏本尊は、
慶集寺創立のときに迎えられたものだと伝えられているので、
このご本尊もまた、298年の歳月を重ねてきたということになります。
2年後に迎える慶集寺創立300周年を機会として、
この歴史あるご本尊に修復作業を施し、この老朽化した本堂を解体し、
新しい寺院施設を建築したところに、再生されたご本尊にお戻りいただくという計画の、
今日がそのはじまりの日となるわけです。
このあと、門徒会役員の皆様方にご協力をいただいて、ご参拝の方々のお見守りの中、
ご本尊を富山市丸の内の「 木本仏具店 」にお遷しいたします。
私は、この慶集寺に生まれ育ち、ずっとこの木仏本尊に向かって手を合わせて参りましたが、
そのお姿に触れようとしたことは一度もなかったし、実際に触れたことはありません。
今朝、お勤めのときに母に聞いてみたら、母もご本尊に触れたことは一度もないし、
前住職であった父もなかったはずだと言っていました。
約140年前の明治6年に東岩瀬の町に大火があったときに、
それまであった慶集寺の本堂も焼失してしまったらしいので、
その当時の寺族がご本尊を運び出して逃げられたというのが、
一番近いところで人の手が触れたときだったんじゃないかと思われます。
今日は、この慶集寺にとって、記念すべき歴史的な1日です。
このご本尊が、この内陣から出られて、この本堂から出られて、
寺院再生のためにしばらく慶集寺の外へと、お遷りになられるのです。
慶集寺のご本尊は、木を彫って造られた本体に金箔の貼られた仏像で、
「 木仏本尊(もくぶつほんぞん)」と言います。
もともとは金ピカのお姿だったのでしょうが、長い年月を経て、
ろうそくのススやちりが積もって、今では濃く深みを帯びた色になっています。
仏のことを如来ともいいますので、仏像のことを「 如来像 」ともいいます。
浄土真宗の場合は阿弥陀さまですから「 阿弥陀如来像 」になります。
今日のご縁をいただきまして、この「 阿弥陀 」という「 如来 」の「 像 」について、
しばらくお話しさせていただきたいと思います。
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