リンクエイジ・デイズ

  • 2021/10/22

    2021年の報恩講について

    昨年の春より世界中がコロナ禍に見舞われて、これまでの社会が一変してしまった様子です。時が経つにつれて、かつては当たり前にあったことでも、もう取り戻されることがなくなるのではないかと、思われるようにもなってきました。仏教では「諸行無常」が説かれます。すべてのものごとは移り変わっていくのですから、これまでの通念が変化していくのも、受け入れなければいけないということでしょう。けれどもまた仏教では、「諸

  • 2021/09/16

    第6回「いまここからはじめる仏教の実践」

    令和3年度 琳空館セミナリウムいま正信偈を読み解く-まず仏教の要より説く- 第6回 10月7日 or 14日(木)いまここからはじめる仏教の実践今年度のセミナリウムは、全3期で構想された連続講座『いま正信偈を読み解く』の第1期にあたるもので、「まず仏教の要より説く」という副題のもとに、仏教の基本的な学びを共有するところから、正信偈に取り組んでまいりました。 次回の6回目で、第1期の「琳空館セミナリウム」も

  • 2021/08/18

    第5回「三宝・仏と法をよりどころとして」

    令和3年度 琳空館セミナリウムいま正信偈を読み解く-まず仏教の要より説く- 第5回 9月2日 or 9日(木)三宝・仏と法をよりどころとして今年の春より立ち上げた新しい慶集寺のお講「琳空館セミナリウム」も、9月で5回目の開催となります。次回のテーマは「三宝・仏と法をよりどころとして」です。世界には多種多様な仏教の流派がありますが、世界中のすべての仏教徒が、同じく「三宝=仏(ブッダ)法(ダルマ)僧(サンガ)

  • 2021/07/20

    第4回「はじまりの教え・あきらかに見る」

    令和3年度 琳空館セミナリウムいま正信偈を読み解く-まず仏教の要より説く- 第4回 8月5日(木)はじまりの教え・あきらかに見る「諦(たい)」の一文字は、仏教では「真理」という意味を表します。「諦(あきら)める」とも読める一文字は、「明らかに見る」ということです。あるがままを「諦める」ことは、人生を 「諦めない」ということにもなります。仏教の「真理」が何を伝えようとしているのかを探るところから、「正し

  • 2021/07/10

    弁護士さんに「祭祀財産」についてお聞きしてみました。

    昨今では「終活(しゅうかつ)」への関心が高まっていて、雑誌や書籍やインターネットなどでも様々な情報を得ることができます。人生の最期を迎えるにあたっての身の回りの整理、財産の相続を円滑に進めるための計画、葬儀や仏事の準備など、そこでは様々な指南がされていますが、意外と取り上げられることが少ないのが「祭祀財産(さいしざいさん)」つまりはお仏壇やお墓についての法規定に関する事柄です。そこで、慶集寺にご

  • 2021/06/19

    第3回「あきらかに見てあきらめて、あきらめない。」

    令和3年度 琳空館セミナリウムいま正信偈を読み解く-なにをどう願い信じるか?- 第3回 7月1日(木)or 8日(木)あきらかに見てあきらめて、あきらめない。「諦(たい)」の一文字は、仏教では「真理」という意味を表します。「諦(あきら)める」とも読める一文字は、「明らかに見る」ということです。あるがままを「諦める」ことは、人生を 「諦めない」ということにもなります。仏教の「真理」が何を伝えようとしている

  • 2021/05/07

    第2回「如来・仏って?菩薩って?」

    令和3年度 琳空館セミナリウムいま正信偈を読み解く-なにをどう願い信じるか?- 第2回 6月3日(木)or10日(木)仏(ほとけ)って?菩薩(ぼさつ)って?何となくいっしょくたにされがちな「神さま」と「仏さま」ですが、そこには一体どんな違いがあるのでしょうか? そもそも仏って、菩薩って、一体何なのでしょうか? 仏教の原点に立ち返って、浄土真宗の仏典『正信偈』に記された、如来の世界を読み解いてまいりまし

  • 2021/03/15

    第1回「光明・常に照らされていると気づく」

    令和3年度 琳空館セミナリウムいま正信偈を読み解く-なにをどう願い信じるか?- 第1回 5月6日(木)光明・常に照らされていると気づくきぼうのひかり。いのちのともしび。かがやくいのち。。。世界各地には多様な宗教があって様々な教えが説かれていますが、「ひかり」と「いのち」の2つのキーワードは、必ず抑えておかなければいけない宗教の肝要なのだと思います。浄土真宗の聖典『正信偈(しょうしんげ)』に説かれる「

  • 2021/01/19

    わたしの終活12 / 終活、ひとまずの総括。

    結局1年と9ヶ月ほどの時間がかかってしまいましたが、奥さんのご協力をいただきながら、一応ひととおりエンディングノートを書いてみました。自分のお葬式やお墓についてあれこれ考えることは、自分がいないところで起きることの想像を膨らませて自分の希望するところを勝手に考えているだけだったりして、それはそれで案外ドラマチックだったり、ロマンチックだったりして。無責任な夢を見るのは、そんなに悪くないものです。

  • 2020/12/30

    わたしの終活11 / くようのこと

      前々回にも書かせていただいたように、私のお葬式は、まずはごく近親者だけで「火葬式(小さな家族葬)」をして、なるべく早めに骨瓶に収めてもらいたいと思っています。そしてそのあとに、広くご縁の方々にお集まりいただいて「遺骨葬(法人葬)」をしてもらいたいと思っています。 ではその後の遺骨は、どのようにしていただくことを希望するかというと、  本体の遺骨を収められた骨瓶は、慶集寺の

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