【 中 道 】


釈迦族の王子として城壁の内側の世界しか知らなかったシッダルタの姿は、
「 楽 」を先にして「 苦 」を遠ざけようとする、快楽主義的な在り方にも見えます。

城から出て様々な修行を経て、遂には苦行林にまで入っていったシッダルタの姿は、
「 楽 」を遠ざけて自ら「 苦 」を受けようとする、禁欲主義的にも見える在り方です。

城壁の中に閉じこもるような「 快楽主義 」も、苦行林に閉じこもるような「 禁欲主義 」も、
極端に偏りがちな自意識の、極端に偏った「 観念 」が為すものです。


王族としての恵まれた環境を自ら捨て去ろうとすることも、
他者から施された食事を自らの苦行のために減量しようとすることも、
過剰な自意識によって極端になりがちな、人間の反動的な行動パターンにも思われます。

シッダルタは、独善的で個人主義的であることを当たり前にしていられるような、
自分を客観的に省みることもなくただ我武者羅に修行を続けていられるような、
そんな人ではありませんでした。

世界に現実のこととしてある、すべての人間の苦しみの解決こそが、
シッダルタの真の目的だったからです。


観念的な精神世界に逃避することなく、極端になりがちな自意識の両極を捨て去り、
ただひとつ超然としてある真実そのものに、主体的な姿勢で接近しようと進み続ける。

人間の主体的、自律的、実践的な生き方を、「 中道 」と言います。




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