私たちはみな、自分を世界の中心とする「 自己中心点 」を持っています。
この自己中心点こそが、唯一自分自身の「 基準点 」となります。






私の「 自己中心点 」があるゆえに、
そのまわりには「 自意識の境界線 」がぐるりと私を取り囲んで起こります。






自意識の「 境界線 」があることで、
私はこの世界を「 内側 」と「 外側 」に分けて見ています。
そして、そこでの私は、いつもその「 内側 」にいます。






内側と外側に見えるそれは、
我と他、こちら(此)とあちら(彼)といったようにも分かれて、
私はいつもただ一人の「 私 」として、必ずいつも「 こちら 」の側にいます。






「 自己中心点 」のある限り「 自意識の境界線 」が自ずと生じ、
世界を「 分別(ふんべつ)」して見ようとします。






自分の中心点を唯一の「 基準点 」としてこの世界を見て分けることは、
空間的な領域にとどまることなく、観念の領域にまで及んで、
右と左、上と下、善と悪、正と誤、美と醜、多数派と少数派 、、、
などといったように世界を分けて、どちらかに自分を置いて見ることにもなります。






ところがそれは、あくまでも自分の決めた価値基準にすぎず、
現実にこの世界には無数の「 自己中心点 」が同時に存在してあることを思うと、
存在の数だけそれに応じた「 立場 」や「 価値観 」があることにも気付かされます。



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