第三章 : あきらかにみる ありのままにみる




私たちが通常「 ブッダ 」「 仏 」「 ほとけさま 」といった場合、
それは即ち「 ゴータマ・ブッダ 」「 釈迦牟尼仏 」「 おしゃかさま 」
つまりは「 ゴータマ・シッダルタ 」という特定の人物を指していうことが
一般的のように思われます。

しかし、本来の意味での「 BUDDHA( ブッダ・仏陀 )」とは
「 悟った人 」「 目覚めたる存在 」といった意味の一般名詞であり、
「 ゴータマ・シッダルタ」という特定人物を差す、固有名詞であるとは限りません。

つまり「 ゴータマ・シッダルタ( 釈尊・釈迦牟尼世尊・釈迦族の聖者 )」は、
人間として生まれ、人間として生きながら、真実に気付き、真実に目覚め、
悟りを得られたことによって「 ゴータマ・ブッダ( ゴータマという名の悟りたる者 )」
と尊称される「 仏( ほとけ )」と成られたということなのです。

ゴータマ・シッダルタが二十九歳のときに釈迦国の城門より旅立ち、
三十五歳で「 解脱 」の体験をされるまでの足跡を辿ることで、
シッダルタがいかにして「 ブッダ(覚者)」となり、いかなる「 真実 」に気付き、
目覚め、悟られたのかを探っていきましょう。



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